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Tシャツは名刺代わりになる T-shirt is Media.

04 岡部文彦 STYLIST FUMIHIKO OKABE


“僕は山の人間です”

それを表すTシャツに感銘を受けた。

ファッションスタイリストである岡部文彦。いち早くファッションとアウトドアを融合させ、“アウトドア・スタイリスト”と自ら名乗るようになったのはおよそ10年前だ。そんな彼が選ぶ一枚は、マウンテンリサーチのメッセージTシャツ。「山岳種族」の漢字4文字が、意味の解らないまま英文入りのTシャツを着用することに恥ずかしさを覚えていたことも相まり、”山派”の感性にグッときたという。

「これは自分が“俺は山派の人間です!”ってことを表すTシャツとしてはぴったりだった。四字熟語みたいな日本語メッセージがかっこよかったし、当時は先端ファッションとして日本語をプリントすること自体が珍しかったから。俺海でサーフィンは嗜まないし、山で遊ぶ方が馴染むから”山側”だっていう主張。これを着てたら、山で遊ぶことや野山を駆け回ることが好きな人ってすぐに相手に伝わりそうな、会話の要らない大きな名刺みたいなものだから」

このTシャツを選んで着る行為が、結果として"山派”の人達を浮き彫りにした。結果、コミュニティを自覚させるような効果があったのではないか。これが岡部の見解だ。


みんなどこかのタイミングで

山の原体験に回帰する。

「山岳種族」Tシャツを作ったのは、マウンテンリサーチの小林節正氏だ。2006年に約12年に及んだジェネラルリサーチを終了させ、その後、マウンテンリサーチを始動させる。そして、小林氏は長野にて地主との長年の交渉を経て土地を得ると、そこに自分のためのキャンプスペースを作ったことでも知られる人物。

岡部曰く、”アナーキー”という言葉を教えてくれた「特別な先輩」だが、そんな小林氏は実は浅草生まれ、浅草育ちの生粋の江戸っ子だ。ではなぜ、”山派”なのか。

浅草にて靴工場を営んでいた両親は、工場の繁忙期や夏休み期間に、祖父母が暮らす三重県に小林氏を帰省させていたそうだ。そこで猟師でもある祖父に山遊びのいろはを習うと、ぞんぶんに野山を駆け回って遊んだ。それが小林氏の山暮らしの原体験だ。

山繋がりで結びついた縁で、その後岡部は小林氏本人からそんな幼少期の豊富な山体験を聞くことになる。そして「幼少期に山遊びを体験した人間は大人になっても山に落ち着くのではないか?」という持論に至る。東北の岩手県は小岩井出身の岡部もまた、幼少期に山遊びを満喫したひとりだ。

「2005年だったかなぁ? 当時たまたまキャンプや山登りしているファッション業界の人達が中目黒に集まっていたんだよね。バンブーシュートの甲斐くんやホワイトマウンテニアリングの相澤、スタイリストの本間良二くんだったり、雑誌『スペクテイター』の青野さんやツルちゃんもいた。それでみんなでよく山登りへ行ったり、キャンプをしたり、その時代に僕らは小林さんのキャンプ場にもたくさん足を運ぶことになる。僕はそこで"山派はアナーキストだ"ってことを学ぶんだよね。海とは違って誰も居ない鬱蒼とした山の中で自由に遊ぶことができるから。もちろんその分危ないこともたくさんあるけれど。アウトドアのカルチャーを語るうえで欠かせない思想家で、マウンテンリサーチというブランドにも強く影響を与えたヘンリー・ デイヴィッド・ソローもやっぱり元祖アナーキストだってことも教えてもらったから。どこか山派の人達って、世の中に対してパンクな部分があるし、この「山岳種族」Tシャツはそういう隠れたアナーキスト達にとってかっこうの名刺代わりになったんじゃないかな」


岡部文彦(おかべ・ふみひこ)

スタイリスト。アウトドアスタイリストの先駆けとして自らをそう名乗るようになって以来、アウトドアメーカーとのウェア企画開発や展示会場の空間ディスプレイなど多方面で活躍。また、ファッション、デザイン、造園等多ジャンルのクリエイターが所属し、ホームセンターのように暮らしの道具を揃える「HOMECENTER VALLICANS」主催。公式サイト:www.okabec.com/

写真 加藤潤 / 文 村松亮

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