私の大切な1枚 #01 岡本 仁 編集者

Tシャツはメディアである

Column2016.4.1 Fri.

特別な思い入れのある1枚のTシャツを紹介してもらう連載コラム。マガジンハウスで雑誌『リラックス』の編集長などを歴任し、メディアを自在に縦断してきた岡本仁に話を聞いた。

特別復刊号が発売中
『relax』にしのばせたメッセージ

このTシャツは、50歳のお祝いに渋谷のデニムショップ「ザ・クラッカー」のご夫婦から贈っていただいたもの。とてもこだわりを持ったデニムを作るご夫婦で、当時ボクはまだ『リラックス』の編集長をしていた。

プリントされたこのメッセージは、読者のほとんどの人が気づいていなかったかもしれないけれど、『リラックス』のサブタイトルである “wasn’t born to follow” からきている。目次ページに毎月しのばせてきたメッセージで、もともとは60年代にバーズというバンドがレコーディングした曲のタイトル。キャロル・キングとジェリー・ゴフィンの作品で、キャロル・キング自身も60年代にシティというバンド名義、80年代には彼女のソロアルバムでセルフカバーした。ぼくはこの曲を、デニス・ホッパーが監督した『イージー・ライダー』という映画の挿入歌として知った。映画を観た頃は中学生だったから、意味もわからずただ格好良い曲と思っただけだけど。

それを何十年後かに歌詞の最後の1行だけを引用した。時間が経って成長して意味がわかるようになると、また違ってくるじゃない? 自分にとってのその言葉の強さとか、メッセージとか、ニュアンスとかが。自分がこれからやろうとしている雑誌のサブタイトルとして、これはすごくピッタリだなと思ったし、あえて、誌面には小さくしか入れてこなかったことにもこだわりがあった。そこに『ザ・クラッカー』のご夫妻は、気づいていてくれていたんだ。

そもそも言葉って、変化するものだと思う。そのときは思いつきで選んだものでも、勝手に成長して、見近にあることで大事な存在になることがある。このメッセージがボクにとってはそうだったから。

着ることで別な意味をつけられる
Tシャツというメディアの楽しみ方

“Tシャツがメディアである” とは、確かにそうだと思う。何かがプリントされたTシャツを着て歩くという行為は、ひとつの意思表示にもなる。それは共感だったり、でも裏を返せば、服従の証拠でもある。たとえば、とあるブランドのTシャツを着ることで、当人はそのブランドを買えたという喜びがあるけれど、そのブランドを快く思ってない人から見れば、なにかぶれちゃってるの! と見えるわけで。

結局、どんなTシャツを選ぶことと、どのタイミングでそれを着て歩くか。それを考える楽しみがあるメディアで、ここ一番面白いところかもしれない。パーティーにあえて少し外したメッセージのTシャツを着ていってみる、分かる人から見たら、オマエ今日のパーティーの意味をよく分かってるなって褒められることになるかもしれない。

メッセージTを着ること自体が、さきほどの言葉の引用に近いのだと思う。ある部分だけ切り取った言葉なのだけど、意志を持って着ることで別な意味をつけられる。着たら表現になる。欲を言えば、もうひとつ掘り下げてTシャツを着れる人がクールかもね。プリントされたメッセージをどういう文脈の中で着るか、これもひとつの編集かもしれない。逆に何も考えずに着ていると、なんも考えてねぇなコイツって悪い評価につながることも起こりうる、とても怖いメディアでもあるよね(笑)。

岡本 仁(おかもと ひとし)

編集者。マガジンハウスにて『ブルータス』『リラックス』『クウネル』などの編集に携わる。2009年よりランドスケーププロダクツに所属し、プランニングや編集業を行う。著書に『今日の買い物』『続・今日の買い物』(ともに岡本敬子との共著)、『果てしのない本の話』(本の雑誌社)、編著に『ぼくの鹿児島案内』などがある。編集長を長年務めた雑誌『リラックス』が一号限りの特別復刊を果たし、絶賛発売中。誌面には編集者のひとりとして参加している。

写真:八木伸司 文:村松亮

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